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江戸の臨海副都心お台場&相模の国横浜黄昏の旅・道中記
§1.参加者

・・・筆者注;みなさん、この§って覚えてますか?。音楽の音符ではありません
では、始めます

安保裕文・今井直人・熊崎武文・熊崎次彦・黒木斉(幹事長)・多賀二十志・田口慎 太郎
・都竹和男・中島鶴雄・細江健、
現地集合は加藤敦・佐伯好彦・川上昇・斎藤敏 之・細江治
以上男性15名

赤梅尚子・今井(中川)幸子・今枝由貴・杉山敦子・栃本(古田)重子・中川(浅 本)めぐみ
・細江美智代・山川和子・鷲尾(鍛冶田)裕子

以上女性9名

§2.往路道中では・・・道中記の始まり始まり。

てみなさん、とかくバス旅行に付き物と言えば?・・・・そう正解です。
トイレ休憩ですね。トイレ騒動が頻発しますので、こうご期待。ペペンペンペンペン
2000年7月1日(土)午前6時、待ちに待った申酉会ミレニアムイベントにふさわしく
下呂を小狭いマイクロバスが相模の国へ向けて出発。では、ここで問題。なぜ小狭いと
感じたのか。それは参加者の顔ぶれを思い浮かべてください。 !(^^)!
多分、みなピンポーンでしょう、怖くて言えませんが、**いんです。

事の斉くん、張り切っていた。中央道の上飯田BSで健くんがバスに乗るまでの
約1時間半を延々と二日間のスケジュールについて喋り捲っていた。
行き先が遠いということに加え八景島では15時発の高速船に乗船予約が
されていたということもあり、斉曰く、「かなり過密の行程なので、トイレ休憩はあまり
できませんので、我慢してくれよ。」という大事な話しを一生懸命してるにもかかわらず
まずT氏が出発後僅か20分くらいでバスを止めた。
「運転手さん、ウンチ出そう。その辺で止めて」と止まったところは
早朝もやってたガソリンスタンド。ガスも入れずに便所貸して。
なんて奴じゃい。そこではや10分の遅れ。
斉自慢の糞(分)刻みのスケジュールをくるわせるきっかけとなってしまった。
かくいう筆者も二日目のスケジュールには、するどく、はたまた大きく
貢献させてもらったと思うしだいです。(*^_^*)
他にもよおけいました。「ウンチorしっこ出そう。」という輩が。

初のウンチ騒動も終わり、バスが中央高速に入る頃には
即ち、出発後僅か小一時間のうちに、後ろのサロン席ではもうすっかり
出来上がってしまっていた。アルコールや氷が無くなると
バスの中がやかましいので、前列にすわっている幹事さんに携帯電話で注文。
「もしもし、斉か。氷一杯。ビール5本。ついでに、焼酎」てな具合に。
お陰で、幹事の携帯、充電不足となり、使用不可なり。

んな中、健が飯田付近のバス停から乗車。
で、車中メンバーもそろったことから、ハーイ、ゲームを始めましょう。
てな幼稚園児の乗りでまずは、「この人誰でしょう。」を始めました。
これは何かと言うと、写真をみてその写真の人物を当てる
という、まるで昔はやったテレビ番組みたいなものです。あ〜、あほらし。と思わないで。
当事者は、ずいぶん乗り乗りだったんだから。景品は、欠席者から無理やっこ提供させた
(間違い、提供頂いた)もの。
愛子さんがくれたお酒、ひとみさんが送ってくれた自作の陶磁の器(後で、小鉢と判明)。
その他、諸々有りましたが、中身が判っていたのは、これだけでした。
この「この人誰でしょう。」の最初の正解者は、かくいう筆者でした。
インチキはしてません。正正堂々の一等賞です。
「では、一等賞の景品をどうぞ。」と幹事の斉が景品の一つを無造作に持ってきました。
そこで、筆者は、ゴネました。思いっきりヤンチャを言いました。
「僕は、陶磁小鉢がいい。」と。
今思うに、こんなヤンチャをいう自分を同窓生に見せたことはありません。
でもここではそんなことを言ってはおられませんでした。
幹事の斉もおとなしく手渡すはずはなく、すったもんだをしましたが
筆者のゴネとヤンチャが勝ちました。シメシメ。しかし、皆の手前もあることから
ごめんごめんといいながら、内心ではニヤニヤしつつ
景品を手にし、早速中を空けました。というより、「開けて見せてよ。」
と言う皆の声に押されて。「いいな。いいな。」という声の中
「俺も欲しいな。」という斉の声。男連の大便者、間違い、代弁者でした。

、その陶磁小鉢を筆者が手にして「俺って、運がいいんだなあ。
棄てたもんじゃないなあ。」とじっと小鉢を見つめている矢先
横からすうっと手が伸びてきました。「この小鉢、いいよね。そうだ。うちの店で使うわ。」
神辰の女将さんです。この女将さんには頭が上がらない筆者は、はいどうぞと渡しました。
神辰で飲むときに煮物やサラダをこの小鉢に盛ってもらえればいいかと
筆者はすぐにあきらめた次第です。ほんとは、トホホホホホです。で、
「誰でしょう。」の写真ネタが無くなると、お次は、備後、
もとい、ビンゴということになりました。
ビンゴは不思議なゲームで、つい夢中になってしまいます。
中身が判った景品も出尽くしたので次からの景品は
確か、幹事の斉が勝手に決めたと思います。
そんなこんなで、ビンゴが回り、ガラガラガラ、「25番」。「あった。」
「無いねけ、こんちくしょう。」などの声が続くうち、「リーチ」・・・「ビンゴ」となりました。
ビンゴの一等賞が誰かかは、まったく覚えておりません。ごめんなさい。

§3.アクアラインでは

がて八景島にバスは着き、世話やきの運転手に、くれぐれも時間を守り集合場所
を間違えるなと口をすっぱくいわれ、みんなの携帯番号まで教えなければならない羽目に。
よっぽど、わしらが信用でけへんらしい。
(ちなみに、運ちゃんは、斉くんの隣保班の人だったよーん)
でも、この携帯NO,一覧で、労せずして知りたい番号を控えていたものもありました。

昼の焼き肉食べ放題も終わり、乗船までにはほんの少し時間があったので
アクアミュージアム(水族館)を見学。あとで聞いたのだが、焼き肉を食べたことも
水族館を覗いたことも全く記憶にないのが約1名おりました。誰やそれ。多賀やがな。

速船で50分、山下公園(多賀曰く、そんな公園なんかいっとらんぞ。)
で下船し、みんなはしゃぎすぎていたので
そのままニューオータニイン横浜という名前のホテルへ直行。
名前負けした感じがめちゃめちゃするホテルだったなぁ。
ひとっ風呂浴びて、今夜の食事場所、横浜中華街までバスで向かう。
そこで、ひとりの行方不明者がでた。
6時半のバスの集合時間にも現れず、携帯に電話をすれども留守電。
チェックインするなり、「ちょっと、出かけてくるわ。」という言葉を最後に
突如消えてしまったのだ。
その人、筆者と相部屋なの。ベットの足にでも縛りつけておけば良かったかなぁ。
後悔してる。誰やそれ。また、多賀やがな。本人曰く「その土地を知る事こそが、散歩です」
ほんまかいな。

ころが、本人から小生の携帯に連絡有り。「バスどこにもおらへんに。
おまえら今何処におるんや?」 幸い当局のお世話にならずに
夕食場所の聘珍樓に自力でたどり着いてくれた。

§4.横浜中華街では

て、中華街の聘珍樓では関東在住の仲間
(加藤敦・佐伯好彦・川上昇・斎藤敏之・細江治)も加わり
楽しいひとときを過ごさせてもらった。でも料理はちっとも旨くない。何じゃこれ
ってな具合でした。が、エレベーターを動かしてくれた姉ちゃんは、えれーベッピンでした

ょうどこの日(7/1)が誕生日のK.Yさんをみんなの「ハッピイバースディトウ
ユウー・・・」の大合唱とケーキでお祝いしたり、申酉会HP1000ヒット目を達成し
たY.Wさんに記念品の目録の贈呈式が行われたり、それに久しぶりの仲間との懐か
しい会話が会場を盛り上げた。
特に、関東在住の仲間とは、生まれて初めて・・・うそ、卒業以来とか、15年ぶりやねという
まさに。感動の再会でした。感動を通り越してしまった人も若干名いました。

次会は全員カラオケにいき、吟ちゃんも顔負けのエンタテイナーたちが喉と酔いを
競い合った。敦の歌うこと、歌うこと。多賀の騒ぐこと、騒ぐこと。アハハ、グワッハッハ
の連続でした。で、あまりうるさいと、センスをパタパタしながら、「お黙り、私が女王よ」
とのS姉ちゃんの声。誰も逆らえません。
カラオケの帰りには、小腹がすいたので(当たり前、中華料理が旨くなかったので
あんまり食べてない)
いざ、ラーメンを。エエーイ俺のおごりじゃ。と、江戸っ子気取りの警視庁○*課の佐伯
えらく強気の発言。で、フカヒレラーメン¥4.500、五目ラーメン¥1.000、水餃子3つ
¥1.800・・・と。フカヒレラーメン以外の値段はだいたいです。
多分ですが、フカヒレラーメンを一番食べたのは、多賀だとの噂です。
「本当です、むしゃぶりついてました」
こんな訳で、夜食も終わり、三々五々とホテルにタクシーで。
このタクシーで、真っ暗な観覧車の夜景を見に行ったり
横浜world women通りに繰り出した人がいたとかいないとか、定かではありません。
で、AM2時頃までには、みんなホテルに戻って休んでいたと思う????が。
これも定かではありません。筆者の部屋は3人部屋でしたが、朝には、やっぱ、3人居ました

§5.もう帰るの

日、ホテルを8時半に出発、江戸のお台場フジテレビへ向かう。
芸能人の誰かに会えるのではないかと期待したのとは裏腹に
みんなフジTVのお土産やさんで買い物しただけ。
そして、各自で列車などを利用して、加賀屋さんというところまでやってきて、食事。
多賀は、携帯を落としたとかで、皆からはぐれると帰れんという危機感から
誰ぞかれぞの後ろにくっついており、まるで金魚の糞でした。ま、始まりも糞でしたから
お似合いだったこと頻りです。

食が終われば、後は帰るだけ。
帰り、バスの中はみんな静かに寝ていくだろうなと思っていたら、何が何が大間違い。
家で待つ旦那と子供のお土産を確保したら、あとは気楽に呑むだけ。
今度は昨日と違って、女性陣が呑む呑む、騒ぐ騒ぐ、バスを止
めるは止めるで男性陣たじたじ。
もう、目が点状態。けっこうきわどい言葉も連発だったような。
「ダメダメ、何とかして〜」、「イヤイヤ、早くぅ〜」、
「もう2度目のお嫁に行けない〜」等々。

うなんです。バス旅行はバスの中が一番楽しいのです。
これで、また申酉会が前にも増して仲良くなった気がします。
今、申酉メンバーの一部では、「同窓生って癒し合いの仲間なんだねえ」という説が
定着しつつあります。何となれば、寂しくて互いに集まり合う。
それと、爆笑発言も多々ありました。行った人しか判らない、行かない人には判らないんです。
「あのね〜。私ねえ、ほんとあったま来て、顔面○△メンやさ。」。
最初は何のことやら判らずウンウンと聞いていたバス後部のサロンメンバーが
「お前、それって、ひょっとすると顔面蒼白のことやないかえ。」とおそろおそろ聞き直す。
すると、顔面○△メン本人曰く、「そうやよ。あんたら、顔面蒼白のことを
ギャル言葉(ヤンキー言葉?)で顔面○△メンっていうこと知らんの。」との返答。
重ねて、サロンメンバーが問いただす。「そうしたら、今まで、いろんな人の前でも
そうやって顔面○△メンっていっとたのか。」と。すかさず
顔面○△メン本人は、「そうさな。」。
ここで、サロンメンバーは、皆、腹を抱えて、はたまた腹をよじって
声が出ないくらい笑い転げました。
実際、まともにしゃべれる奴はしばらく一人もいませんでした。
その間、酒も飲めませんでした。吹き出すから。
合点がいかない顔面○△メン本人は、その訳を問いただすも
サロンメンバーの誰一人として笑えて声が出ず
本人に教えてあげることができない状態でした。
これを見かねた筆者は、「アノね、それはね。ザーなんだよと。」。
これからは、顔面○△メン本人も顔を押さえて、はたまた涙を流して大笑い。
ほんと、復路のバスの珍事件でした。

んなことも過ぎ、健くんがさよならする時、女性代表で
重ちゃんがひしと健を抱きしめました。健が抱きしめたのではありません。多分。
で、彼は、律儀にも、信州のりんご狩りに招待してくれると言ってました。
秋までに、彼が転勤しないように祈って、またみんなで参加しましょう。
そうこうするうちに、バスは中津川に着き、ここで、お騒がせの多賀を裕子さんと一緒に帰し
下呂へと向かったのでありました。

(完)

執筆:慎太郎
編者:二十志
 


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